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【読書】Humankind 希望の歴史——「人間は本質的に善だ」を歴史と科学で証明した大著

ルトガー・ブレグマンの『Humankind 希望の歴史』をもとに、「ほとんどの人間は本質的に善良だ」というテーゼを、有名実験の再検証・歴史的事件・進化人類学の知見とともに解説します。

「人間は本質的に善か、悪か」——この問いは古来から哲学者たちを悩ませてきました。しかしオランダの歴史家ルトガー・ブレグマンさんは、この問いに正面から向き合い、「ほとんどの人間は、本質的に善良だ」という答えを大量のエビデンスで提示しました。それが2021年に文藝春秋から翻訳出版された『Humankind 希望の歴史』(原題: Humankind: A Hopeful History、翻訳: 野中香方子さん)です。ユヴァル・ノア・ハラリさんが「わたしの人間観を、一新してくれた本」と絶賛し、46カ国でベストセラーになったこの本は、単なる楽観論ではなく、私たちが「当然の真実」として受け入れてきた数々の常識を根底から揺さぶります。

項目内容
原題Humankind: A Hopeful History
著者ルトガー・ブレグマン
原書オランダ語版2019年、英語版2020年
日本語版文藝春秋、2021年7月(翻訳: 野中香方子)
規模46カ国でベストセラー、原書25万部突破
推薦ユヴァル・ノア・ハラリ、斎藤幸平 ほか

この本が問いかけること——人間は本質的に善か、悪か

ニュースを見れば戦争・犯罪・不正・腐敗が溢れ、「人間とはつくづく救いようのない生き物だ」という感覚は、現代人の日常に深く染み込んでいます。哲学の世界でも、トーマス・ホッブズが言った「自然状態では人生は孤独で、貧しく、不快で、残忍で、そして短い」という言葉は、数百年を経てもなお社会思想の基調音として鳴り響いています。

本書はその前提に問いを立てます。私たちが「人間の邪悪な本性の証拠」として信じてきた実験・事件・歴史的エピソードは、本当に正確だったのか。危機のとき、戦争のとき、無人島に流れ着いたとき——人間は本当に「本性を剥き出しにして」残忍になるのか。ブレグマンさんは考古学・犯罪学・心理学・人類学・歴史学を横断しながら、その問いを一つひとつ検証していきます。

本書が向き合う三者の立場を整理すると、こうなります。

思想家人間の本性主な主張
ホッブズ本質的に利己的・暴力的強い権威と制度がなければ「万人の万人に対する闘争」になる
ルソー本来は善良(高貴な野蛮人)文明・社会・財産制度によって堕落させられた
ブレグマン本質的に善良・協力的問題は人間の本性ではなく、本性と乖離した制度設計にある

ブレグマンさんの立場は表面的にルソーに近いですが、「自然状態に戻るべき」という復古主義ではありません。人間が社会的・協働的な存在として進化してきたという科学的事実を根拠に、「現代文明の仕組みを人間の本性に合うよう再設計すべき」と主張します。

「ベニア理論」という呪い

本書の最初のターゲットが、ブレグマンさんが「ベニア理論(Veneer Theory)」と呼ぶ考え方です。

ベニアとは薄い化粧板のこと。文明や道徳とは表面を覆う薄いニスのようなものであり、何かの拍子にそれが剥がれると、その下にある人間の本性——利己的で、攻撃的で、暴力的な本性——が露わになる。これがベニア理論の要点です。

この考え方は、現代の様々な思想に形を変えて根付いています。

  • 「人間は合理的利己人(ホモ・エコノミクス)だ」(行動経済学)
  • 「遺伝子は本質的に利己的だ」(進化心理学)
  • 「権力は必ず腐敗する」(政治哲学)
  • 「緊急時に人間は暴徒化する」(災害報道の定番)

ブレグマンさんが指摘するのは、このベニア理論自体が一種の「ノセボ(nocebo)」として機能しているという点です。プラセボが「良くなる」という期待で症状を改善するように、ノセボは「悪くなる」という信念が実際に悪影響をもたらします。「人間は本質的に悪い」という信念が広く共有されると——

  • 人々は互いに疑心暗鬼になる
  • 制度は不信を前提に設計される
  • 報道は最悪の事例を繰り返し取り上げる
  • 社会全体が現実より暗い人間観を内面化する

——という悪循環が生まれる。ブレグマンさんはその悪循環こそが問題の本質だと言います。

有名な実験の「嘘」を暴く

本書で最もインパクトの大きいパートが、社会心理学の教科書を長年飾ってきた「著名な実験」の再検証です。

ミルグラムの電気ショック実験

1961年、心理学者スタンレー・ミルグラムさんが行った実験は、被験者の65%が権威者(白衣の研究者)の命令に従い、見知らぬ人に致死的な電気ショックを与え続けたとして、「服従の心理」の証拠として世界中に広まりました。「ごく普通の人間が権威に従うだけで悪になれる」——ナチスの大量虐殺を説明する枠組みとしても長年使われてきた実験です。

通説と再検証の比較:

通説(教科書の記述)ブレグマンさんの再検証
何が起きたか被験者が権威に盲目的に服従し、他者を傷つけた被験者の多くは「これは演技だ」と気づいていた
なぜそうしたか権威への服従本能名門大学の重要な科学実験に貢献しているという使命感
示すもの人間の服従の心理大義への協力本能(適合、conformity)

「悪名を求めた心理学者の物語」——これがブレグマンさんの結論です。

スタンフォード監獄実験

1971年、フィリップ・ジンバルドーさんが行った実験も、同様の検証にさらされます。普通の学生が数日で「看守役」は残虐に、「囚人役」は無気力になったとして、「状況が人間をいかに残忍にできるか」の証拠とされてきたこの実験。フランスの社会学者ティボー・ル・テクシエさんが文書を精査し、衝撃的な事実が判明します。

  • ジンバルドーさんは実験前に看守役の学生たちに「残忍に振る舞うよう」直接指示していた
  • 結論はあらかじめ決まっており、学生たちはその筋書き通りに演じさせられた
  • 自発的な残虐性の爆発ではなく、演出された劇だった

キティ・ジェノヴィーズ事件

1964年、「38人が見ていたのに誰も助けなかった」として「傍観者効果」の代名詞になったこの事件。再検証の結果は次の通りでした。

  • 38人の多くは実際には現場を目撃・聴取していなかった
  • 友人のソフィア・ファラーさんは加害者がまだいる中で駆けつけ、息を引き取るまで寄り添い続けた
  • 5日後に加害者を確保したのも市民2人だった(新聞は報じなかった)
  • 後の研究:緊急性が高い場面では、目撃者が多いほど助ける確率は高まる

三つの実験・事件に共通するのは、「人間の暗黒面」を証明したとされながら、実際には証拠が歪められていたという事実です。

現実の「蠅の王」——トンガの少年たちが証明したこと

ウィリアム・ゴールディングさんのノーベル賞受賞小説『蠅の王(Lord of the Flies)』は、無人島に漂着した少年たちが秩序を失い、殺し合いへと堕ちていく物語として、「文明の薄皮の下にある人間の暗黒面」の証拠として語られてきました。

しかし1965年、現実にトンガの学校を無断で抜け出した6人の10代の少年たちが、嵐で船を失い、誰も住んでいない孤島「アタ島」に漂着しました。15か月後にオーストラリア人漁師のピーター・ワーナーさんに救助されるまで、彼らがやったことは——

  • 火を絶やさず15か月間維持し続けた
  • 食料・調理・見張りの当番を自然に分担する体制を作った
  • 喧嘩が起きたときは「タイムアウト」を設けてクールダウンした
  • 夜は漂着した木材と針金で作った手製のギターで音楽を演奏した

——全員が無事に生還しています。

架空の物語が「人間の暗黒面を映した鏡」として世界中で読まれる一方で、まったく同じ状況に置かれた現実の少年たちは協力・友情・秩序を選んだ。これがブレグマンさんの問いに対する、最もシンプルな答えのひとつです。

人類は「自己家畜化」した——ホモ・パピーという概念

本書の理論的な柱のひとつが「ホモ・パピー(Homo puppy)」という概念です。

人類は進化の過程で「最も友好的なものが生き残る(Survival of the Friendliest)」という淘汰圧を受けてきた——これがブレグマンさんの主張です。狼が長い年月をかけて犬に家畜化されたように、人類もまた「自己家畜化(self-domestication)」を経てきたのだと言います。

科学的な根拠として提示される事実:

  • 米国の研究チームが過去20万年の人類の頭蓋骨を比較したところ、顔・体つきがより柔和に・若々しく・女性的になってきていることが確認されている
  • これは攻撃性の低下と友好性の向上を示す身体的な証拠とされる
  • ネアンデルタール人に対してホモ・サピエンスが優位に立てたのは知能よりも友好性と社会的学習能力によるものだった、という仮説を支持する

「弱肉強食」「利己的な遺伝子」という物語は、少なくとも人間の社会的進化については正確ではない。ホモ・サピエンスはむしろ「協力し、学び合い、友好的に関わる能力」によって地球上に広まった種だというのが、ブレグマンさんの見立てです。

危機のとき人間はどう行動するか

第一次世界大戦のクリスマス休戦

1914年12月24日、西部戦線でドイツ・イギリス・フランスの兵士たちが、指揮官の命令もなく自発的に塹壕から出て合流。互いにクリスマスキャロルを歌い、贈り物を交換し、サッカーをして過ごしました。推定10万人が参加したとされます。

ブレグマンさんにとって、このエピソードは「接触仮説」の歴史的証拠です。直接顔を合わせれば、敵同士でも人間として互いを認識し、協力できる。そして注目すべきは軍上層部の反応です——将校たちはこの自発的な休戦に激怒し、翌年以降は「繰り返しを防ぐため」に意図的に攻撃命令を出しました。兵士たちが互いに人間であることを認識しては、戦争が成立しなくなるからです。

ロンドン大空襲と市民の絆

第二次世界大戦中のロンドン大空襲では、40,000人以上が死亡し、都市は壊滅的な被害を受けました。政府・軍の指導者たちは「市民がパニックに陥り、社会秩序が崩壊する」ことを恐れ、情報を統制しました。

実際に起きたことは逆でした。空爆のたびに市民は助け合い、コミュニティの絆はむしろ強まっていった。危機において人間は「人間の暗黒面」を露わにするのではなく、協力と友情という本性を発揮する——ブレグマンさんはここに一貫したパターンを見ます。

善意はいかにして悪に転じるか——制度と環境の力

ブレグマンさんは楽天的な人間礼賛に終始しているわけではありません。本書の第3部では、人間の善性がいかにして悪い行動へと誘導されるかを丁寧に論じています。

ポイントは「人間の本性が悪だから悪が起きる」のではなく、「環境・制度・信念体系が善人を悪に誘導する」という構造です。

善意が悪に転じる主なメカニズム:

  • 内集団バイアス(共感の限界): 共感は自分と近しいグループに強く向かう一方、遠いグループには向かない。この非対称性が差別・排外主義の心理的基盤になる
  • 権力による腐敗: 権力を持つと他者の視点を想像する能力が低下する傾向が研究で示されている。腐敗は悪人が権力を持つから起きるのではなく、権力が人間を腐敗させる
  • ノセボとしての制度: 人間を信用しない前提で設計された制度(管理・監視・罰則中心)は、実際に人間を不信任に値する方向へ誘導する

だからこそ制度設計が重要になる、というのがブレグマンさんの結論です。

接触仮説——憎しみへの処方箋

第17章で詳しく論じられる「接触仮説(Contact Hypothesis)」は、本書の実践的な提言の核心です。心理学者ゴードン・オールポートさんが提唱したこの概念は、異なるグループ間の偏見を減らす最も効果的な方法は「直接の接触」だというものです。

接触仮説が機能するための条件:

  • 平等な立場での接触(上下関係がないこと)
  • 協力関係(競争ではなく共同作業)
  • 共通の目標(互いに目指すものがある)
  • 社会的・制度的な支援(接触が公式に認められていること)

ブレグマンさんが紹介する南アフリカの事例では、長年の制度的差別の歴史を持つ社会で、異なる人種が共通の目標に向けて協力した経験の積み重ねが、相互理解と和解を少しずつ進めたプロセスが描かれます。

現代のSNS社会においてこの仮説は特に重要な示唆を持ちます。エコーチェンバー(自分と同じ意見ばかりが反響する空間)は異なる考えの人との「接触」を減らし、偏見を固定化する方向に働きます。画面越しの接触ではなく、顔を合わせた直接の交流がなぜ効果を持つかを、ブレグマンさんは様々な証拠とともに示します。

10の原則——善性を前提とした生き方の手引き

本書のエピローグ「10の原則」は、ブレグマンさんが500ページ以上の議論から蒸留した、個人と社会への実践的な指針です。抽象的な「人間性善説」を日常の行動に落とし込むとどうなるか——10項目を順に見ていきます。

原則1:疑わしいときは、善意に解釈する(When in doubt, assume the best)

悪意に解釈するコストは高い。不信感を前提に行動すると、相手も不信感を持って応じる。「どうせ悪い人だろう」という前提はしばしば自己成就的予言になる。根拠なく人を疑うより、まず善意を想定して行動することが、実際には合理的だとブレグマンさんは言います。

原則2:ウィン-ウィンの発想で考える(Think in win-win scenarios)

交渉・対立・競争のほとんどは、一方が勝ち他方が負けるゼロサムゲームではない。「どうすれば双方にとってよい結果になるか」という問いを持つことが、協力を引き出す最初のステップです。

原則3:問いをもっと立てる(Ask more questions)

意見を押しつけるより、問いを立てる。「なぜそう思うのか」「何を大切にしているのか」を聞くことで、相手の立場が見えてくる。対話においては「答えを持っていること」より「問いを持てること」のほうが実りが多い。

原則4:共感を抑制し、思いやりを育てる(Temper your empathy, train your compassion)

共感(empathy)と思いやり(compassion)は違う。共感は相手の感情を「自分のこととして感じる」ため、近しい人・似た境遇の人にしか向きにくい。思いやりは相手の苦しみを「認識し、助けようとする」姿勢であり、見知らぬ他者・遠い存在にも広がりうる。感情的な共感に引きずられず、冷静な思いやりを育てることが重要だとブレグマンさんは述べます。

原則5:相手を理解しようとする(Try to understand the other, even if you don’t get each other)

完全にわかり合えなくてもよい。「理解しようとする姿勢」そのものが関係を変える。政治的・文化的に対立する人物の論理を、批判する前にまず理解しようとすること——接触仮説の出発点はそこにあります。

原則6:自分の人を、他者が愛するように愛する(Love your own as others love theirs)

内集団(自分が属するグループ)への強い愛着は自然な感情です。ただし「自分たちは特別だ」ではなく、「どのグループも自分たちを同じように愛している」という視点を持つこと。相手のグループへの敵意ではなく、自分のグループへの愛情が多くの対立の根源にある——それを理解することが、偏見の解毒剤になります。

原則7:ニュースを避ける(Avoid the news)

本書の中でも特に逆説的に見える原則です。ニュースは「最悪の出来事」を繰り返し報道することで、世界を実際よりはるかに暗く見せる。「世界はどんどん悪くなっている」という感覚の多くは、世界の現実ではなくニュースの報道スタイルが生み出しています。深くゆっくり読む報道(特集・調査報道・書籍)を優先し、日々のニュースの消費を意識的に減らすことを勧めます。

原則8:ナチスを殴るな(Don’t punch Nazis)

象徴的で挑発的な表現ですが、意味は「暴力で思想は変えられない」ということです。憎むべき相手を暴力で黙らせようとすると、彼らを殉教者にするだけです。偏見や極端な思想を変えるのは、対話・接触・関係性です。相手を人間として扱い続けることが、長期的には最も効果的なアプローチだとブレグマンさんは言います。

原則9:善を行うことを恥じない(Come out of the closet; don’t be ashamed to do good)

善いことをしたいという気持ちがあっても、「偽善に見られたくない」「恥ずかしい」「どうせ変わらない」という思いで行動を抑制してしまう——ブレグマンさんは「シニシズムの押し入れ」と呼びます。その押し入れから出ること。他者の目を気にせず善意を行動に移すことが、社会の善性を引き出す連鎖を生みます。

原則10:リアリストになれ(Be realistic)

「人間は本質的に善だ」という主張は、お花畑の楽観主義ではありません。エビデンスに基づくリアリズムです。ニュースが繰り返し見せる最悪の事例は、現実の代表ではない。歴史的に見れば戦争・暴力・貧困は減り続け、協力・信頼・善意の事例は無数に存在する。「悲観主義こそリアルだ」という思い込みを捨て、証拠に基づいて世界を見ることこそが、本当のリアリズムだとブレグマンさんは締めくくります。

10の原則が共通して伝えるメッセージは一つです。「ほとんどの人間はもともと善良だ」という前提から出発すること——それが制度を変え、社会を変え、日常の対話を変える最初の一歩になる、と。

まとめ——「希望の歴史」を読む意味

『Humankind 希望の歴史』は、「人間は基本的にいい生き物だ」という主張をただ繰り返す本ではありません。私たちが「証拠」として信じてきた実験・事件・歴史が、いかに歪められ、誇張され、あるいはまったく捏造されていたかを丁寧に示すことで、「人間の暗黒面」という物語そのものを解体しようとする、知的に誠実な試みです。

もちろん批判もあります。「自分に都合のいい証拠だけを集めるチェリーピッキングではないか」「ホロコーストのような極端な悪への説明が不十分だ」という指摘は的を射た部分もある。ブレグマンさんも人間が悪をなすことを否定しているわけではなく、「それを人間の本性のせいにすることが間違いだ」という点に問題を置いています。

ブレグマンさんが本書を通じて最も強く伝えたいことは、おそらくこれです。「人間を信じる」という出発点が、学校・職場・地域・国家のあり方を変える力を持っている、と。管理・監視・罰則を増やすことで人間を抑え込もうとする設計ではなく、人間の自律性・善意・協力本能を解放する設計へ。そのためには、まず私たち自身が「ほとんどの人は基本的にいい」という事実に向き合うことが必要です。

新聞を開けば悪いニュースが溢れ、SNSを見ればよりすぐりの最悪の言葉が目に飛び込んでくる時代に、この本は一種の「解毒剤」として機能します。あなたが毎日すれ違う人々のほとんどは、おそらく自分のことだけを考えて生きているわけではない——そのことを、数百ページの証拠とともに静かに告げてくれる一冊です。